ブログをリニューアルします。

今までは脳梗塞を発症して見えてきたことを中心に書きました。これからは60歳という人生の節目を過ぎた今だから、30余年過ごしてきた「人材育成業界」で日々感じたこと、見えたこと、思ったことを中心に書きます。

講師ってなんなのか?研修ってなんなのか?組織ってどうなのか?様々な切り口で振り返ります。その時間が次の私の扉を開けることに繋がると思っています。

高く、広く、深く人生を創っていきたいと思います。

ちょっぴり楽しみに読んでもらえたら嬉しいです。そして皆さんのなんらかの参考になれば嬉しい限りです。

 

今回は私が研修でよく話すことについて書きます。
  
私の仕事をする上での目標は、随分長い間「出来れば、全ての人に愛されたい」でした。今この言葉を聞くと、何を戯けたことをと思いますが、会社を設立した当時は真剣にそう思い込んでいました。
  
但しこれは、私の人と関わる時の「イメージ目標」です。そしてこのイメージを持つことで、随分仕事上で助けられました。私のすべきことという「具体的目標」が見えてくるようになったからです。
  
つまり、目標という行き先と目標への行き方が見えてくるのです。これは何か始めようと考える時に、とても大きな武器になります。でも目標を設定することは、難しいことでもあります。
 
 
そのため私は、目標を二つに分けて考えることをお勧めします。まず、イメージ目標を持つことからスタートします。
 
「どんな自分になりたいのか、どんな未来を求めているのか、何を大切にしたいのか」、これを漠然と考えるのがイメージ目標です。私の場合、「出来れば、全ての人に愛されたい」でした。
 
 
そして次に、「それを実現するために何をすればよいか」という具体的目標を考えます。具体的目標とは、行動目標でもあります。「出来れば、全ての人に愛されたい」、それを実現するためには私は何をすべきか?
 
私は具体的な行動目標として、「人に嫌われない。そのために好き嫌いを前面に出さず、まずは全てのことを受け入れる」ことに決めました。そして「日々何を大事に行動すればよいか」ということを考えながら実行していったのです。
  
 
方向性や目指す場所というイメージが見えてくれば、その目指す場所にどうやって行くのかということがより具体的に考えられるようになります。
 
何度も試行錯誤して、自分以外の人が聞いても、読んでも、「あーこうして行くんだな」と分かるレベルにまで落とし込んでみて下さい。
 
そうすれば、当初のイメージがより鮮明になっていき、具体性も深まり、次第に目標設定が出来上がっていきます。 
 
如何でしょうか?

 

「人生の目標は?」と聞かれますと、これは中々答えるのが難しいです。もう半分は過ごしてきましたが、人生の目標とかは、あまり考えず、日々の繰り返し、一日一日一所懸命に生きることが人生だと思ってきました。

 

就職する時も、自分に合った仕事を見つけるという発想はなく、とくに好きな仕事、やりたい仕事もなかったように思います。

 

でも好きなこと、やりたいこともそのうち見えてくるんじゃないか、出し惜しみをせずにやっていこう、できるだけ上を向いて歩いていこう、と楽観的に考えていたように思います。

 

今の学生も、若い人たちも、私とは随分違っています。年代の差は影響していると思いますし、時代の背景も、社会の価値観も大きく違ってきています。でもそれ以上の差があるように思えるのです。

 

自分らしさとか、自分の人生を彩ることに、価値を見出しているような気がします。今だけ真剣にと見ているように思えてならないのです。

 

研修で目標を考える時も、今の自分が一番大事で、将来はあまり考えていませんし、考えたくないようです。ひと昔前のように、出世して大きな仕事がしたいとかいう単純な目標は出てきません。

 

でもその分、「どう生きるのか?」「どうありたいのか?」ということに価値を置いているように思えます。

おばさん、おじさんにとって、何を考えているか、分かりにくい若者たちは、案外面白い発想をしています。

 

時代の推移にも敏感で、多少悲観的で今を見つめている、大きな夢の空しさを感じている、この若い人たちに、「先生の人生の目標は何ですか?」と聞かれると・・・、目標を考えたことが無い私は、怯みます。

けれど講師としては、堂々と言うのです。「死なないこと、決して挫けず、最後まで威風堂々と生きること」、それが目標ですと。

 

今を大事にするのは素晴らしいことだけど、私のことは棚に上げて、若い人たちには、目線を少し上にあげて歩いて欲しいと思うのです。自分の意志で将来を楽観的に見てもらいたいのです。そうすることの魅力を伝えるのが、年長者の役割だと思うのです。

 

 

 

 

初めて研修業界に入って、最初に教わった講義内容は「役割と存在価値」でした。

役割とかをそれまで意識したことはありませんでしたし、ましてや存在価値?!っていう感じでした。

 

でもあれから30数年間ずっと、役割と存在価値を高めること、というか役割と存在価値を意識することの重要性を研修の根っこに置いています。

 

組織に所属している中で、自分の役割りをきっちり持つこと、その理解を深めることは重要だし、例えば部下や後輩を指導する立場であるならば、役割の認知を教えることが一番の使命だと言っています。

 

「たかが仕事に振り回されるなんて」と言うこともできますが、起きている時間の大半を組織内で過ごすのであれば、自分で自分の役割りを考え、それを実行して、周囲に認められて生きるほうが幸せだし、楽だと思うのです。

 

その基盤となる「役割と存在価値」を講義で伝えたいのです。

 

そして、充実した日々は、華やかな活動や目立つ行動が作るものではないと思っています。

 

自分で納得して、そのゴールを目指して、あきらめず進んでいくプロセスにこそ、日々の充実感があると思うのです。初めは周囲から認めてもらえなくても、継続すること、ぶれない行動をすることが自分を強くし、周囲からの認知も高まると思うのです。

 

難しいことですが、やり切った先には真の満足感があると思うのです。それを伝えるのが、講師としてだけでなく、先に生まれた者としての役割ではないかと思っています。

 

偉そうですが、これからも、「役割と存在価値」について熱く語る私でありたいと思う今日この頃です。

 

© BE STATION Corporation