ブログをリニューアルします。

今までは脳梗塞を発症して見えてきたことを中心に書きました。これからは60歳という人生の節目を過ぎた今だから、30余年過ごしてきた「人材育成業界」で日々感じたこと、見えたこと、思ったことを中心に書きます。

講師ってなんなのか?研修ってなんなのか?組織ってどうなのか?様々な切り口で振り返ります。その時間が次の私の扉を開けることに繋がると思っています。

高く、広く、深く人生を創っていきたいと思います。

ちょっぴり楽しみに読んでもらえたら嬉しいです。そして皆さんのなんらかの参考になれば嬉しい限りです。

 

沖縄の商業施設を、オープン時にお手伝いしてから15年振りに訪問しました。その当時からずっと頑張っている方も二人いて、懐かしい再会でした。おふたりとも女性です。

 

副支配人、インフォメーション責任者という要職に就かれ、輝いていました。おこがましい言い方ですが、ビジネスパーソンとして、キャリアウーマンとして成長されていました。そして楽しい、懐かしい話に花が咲きました。

 

地域も大きく変貌を遂げていて、15年前には全てが野原だったのに、立派な街になっていました。たくさんの店舗が出来ていて、生活の息吹も感じました。

 

当時4か月ほど滞在し、那覇市内から細い道を軽自動車で毎日通ったのが、幻に感じるほどでした。地域や環境は時間の経過で大きく変わります。

 

でも自分はどうかなと思いました。スタッフ採用、オープン前研修、運営のお手伝い等々。あの頃と変貌を遂げているのか、いないのか。そんな自分が今ここにいます。

 

人材育成に関わる信念は変わってはいませんが、15年という時間が経過したのに、自分は成長しているのでしょうか? 仕事で得たものは私の身体に蓄積しているのでしょうか?

 

人は皆、様々な体験をし、仕事を通して多くのことを学び、多くの人と出会います。でもそれを蓄積し、実績として実際に次に役立たせることが出来ているのでしょうか?

 

豊見城市の変貌、女性おふたりの成長を体感して、積み重ねることの、蓄積することの素晴らしさを感じました。同時に、その難しさ、大変さも感じました。

 

 

企業の人材育成に関わって33年になります。同業他社の人には、「研修講師らしくない」とずっと言われていました。私がこの世界に入った頃は、女性講師のイメージは洋服は9号サイズで、綺麗な色のスーツを着て、お行儀の良い、どちらかというとキツネ顔の別嬪さんな女性でした。

 

でも私ときたら、170cmあって、狸顔、体育会系で、外股でドカドカ歩くようなタイプでした。

 

そんな感じですし、他の講師とは異なったユニークな人と長らく思われていました。クライアントの男性達からは猪突猛進の体育会系やバンカラさが重宝されたりもしました。ともあれ自分なりのスタイルを創って貫いてきました。

 

けれどもこの頃は、ユニークと言われることも、変わっていると言われることもメッキリなくなりました。

 

世の中が変わったのでしょうか? 私の所作や話し方、人や物事の見方、意見が今の時代にマッチしてきたのか? それとも周りが慣れたのか?

 

武道や芸道の世界に「守・破・離」の精神があります。守は師匠の教えを守って型を身に付けること。破は見に付けた型を疑って破ること。離は自分なりの新しい型を建立することです。

 

威風堂々と自分建立という言葉が好きな私は、無意識のうちに守・破・離を志向していたようです。育ててくれた先輩に「あなたは私にとって目の上のたん瘤です」と言った記憶が蘇ります。汗顔の至りです。

 

今、日本の社会は戦後続いてきた型を疑って破ろうと模索している只中です。安倍首相が「人生100年時代構想会議」の議長となり、この国のかたちを創りなおす。守・破・離の破、そして離のステージを目指しています。

 

それには痛みが伴います。今まで通りを望む人も多いです。でも長い視点で考えれば変えることを選択すべきなのです。若い世代は100歳まで生きて22世紀をその目で見るのですから。

 

私自身がこういった認識を持ったせいか、私たち個々人の意識や行動はなかなか変わらないモノなんだと、最近仕事の場面でも思うことが増えました。人には今まで通りが好きだという習性が誰にもあるのだと改めて実感しています。

 

特にベテランは自分を変えようとしても難しい。一本のレールを一直線でという人が多いからです。少しモノの見方を変えたら楽になるだろうにと思っても、今までの自分の実績やプライドが邪魔をして、かえって自分を苦しめる場面に遭遇します。

 

そういう人は世間の見方も人の見方も自分が中心です。自分から見たらこれが一番というスタンスにいるのです。時代や次世代から見て自分を変えるとか、襷(たすき)を渡すことの大事さを理解しにくいのです。というより、これまでの型を守り、自分を変えたくないのです。

 

自身を振り返れば、自分を変えてきたこと、それが守・破・離だったこと、そうやって生きたことは随分と周りを刺激したんだなと反省もします。でも、環境や時代に合わせて自分を変えることは、新しい気づきや世界を開かせてくれるとも思う今日この頃です。

 

 

 

 

企業にいた時も、講師になってからも自己紹介は比較的得意でした。自分のことを言うのだから、何が難しいんだろうと、うまく言えないことを不思議がっていました。

 

でもです。最近やっと気づきました。仕事のこと、会社のことを言うのは簡単だけど、「それ以外の自分」を伝えるのは想像以上に難しいということに。

 

私はまだ現役ですが、それでも、仕事や会社のことを言わないほうがより良い場面で自己紹介することもあります。

 

そうなると、これが案外難しいのです。61歳の中高年の女性であること、身体に障がいがあること以外に何を言えば良いのかが分かりませんし、周囲の人が何を聞きたいかが掴めないのです。

 

自己紹介が現在の自分を伝えるモノであるなら、趣味とか、信条を伝えれば良いのでしょうか? それとも、今の自分を形成してきた過去の経緯を伝えれば良いのでしょうか?

 

現在の自分は仕事と会社のことが全てで、それを抜かすと伝えることがない!!と愕然とします。

 

自分って何だろう、自分は何で出来ているのだろう、と摩訶不思議な気持ちにもなります。今はまだ現役だから少し工夫をすれば自己紹介もうまく出来るけど、会社と仕事を離れたら、どんなふうに自己紹介をするのでしょうか?

 

いっそ自己紹介をしないで済むように、新しい出会いを模索せず、今までの付き合いの延長線上で生きるのが楽だなとも思います。

 

でも、過去の自分を、過去の実績を自慢げに話すのではなく、今の自分を伝えるために話す、そんな自己紹介がそろそろ必要になってきたと思います。

 

そうであるならば、古い要素は整理し、そして新しい今の要素を組み入れることを意識して、一日一日を新鮮な気持ちで過ごさなければなりません。

 

そんなことを思う今日この頃です。

 

 

 

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