■かけがえないパートナーシップ

  

人生でも仕事でも、真のパートナーが欲しいと思う。でも現実にはうまくいかない。なぜでしょうか? それは自分にピッタリのパートナーというものは、もともと存在しないからではないでしょうか。

 

パートナーシップは、お互いを受入れ、関わり合いながら、築き上げていくものです。そのため相手に「こうなって欲しい」とか、自分を「このように思って欲しい」など、相手に期待するのではなく、自分が変わることで関係を創り出していく姿勢が大事になります。

 

ところが私たちは無意識のうちに、手間や時間を掛けずに「自分のことを理解してくれる」、こちらが与えなくても「向こうから与えてくれる」、自分が相手を承認しなくても「自分を認めてくれる」、自分が望むよりも「もっと上のものを返してくれる」、そのようなパートナーを求めてしまいます。

 

でもそんな都合のいいパートナーは人生でも仕事でもいません。自分から変われば、相手との関係に実りや成果が生まれるのに、「この相手はパートナーとして適格ではない!」と無意識のうちに決めつけてしまい、せっかくの可能性を台無しにしてしまうことが多々あります。

 

対象となる相手やその際の状況は違っていても、根っこのところでは同じことを次から次へと繰り返しているのです。自問する価値はあると思います。

 

 

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無意識の世界を形成している背景に、私たち自身の普段からの思いや考えがあります。マザー・テレサが言い切ったように、思考(思いや考え)は言葉になり、それが行動につながり、そして習慣になっていく。この習慣は性格を形成し、運命までも変える。

 

無意識のうちに、性格や運命に影響を及ぼしているのが、普段の思考です。私たちはいちどじっくり、自分の思いや考え方に思いを馳せてみる価値がありそうです。自分を知れば、自ら変化していくこともできます。

 

小さくとも自分のなかに変化を起こすと、その変化が相手の変化を生み、その変化が自分の変化を生んでいく。その繰り返しで真のパートナーシップが築き上げられるのだと思います。

 

またそのプロセスはパートナー同士、お互い無上の喜びになるはずです。

■50歳は見つめ直し適齢期 (1/3)

私たちを取り巻く環境が大きく変わり、定年後の「常識」が変わってきました。

 

役員として華々しく活躍していた人が、退職後は何をしていいのか分からず途方に暮れてしまう人がいます。その逆に、不遇な地位に甘んじていたと思われていた人が、定年後に好きなことを始めて輝いている人がいます。

 

従来の常識からすれば考えられないようなことが、あちらこちらで起き、「定年後に輝く人」と「定年後に萎んでしまう人」の二極化が進んでいます。

 

定年の年齢が55歳から60歳に移行したのは1998年、ほんの20年前のことです。この60歳定年の先頭集団が、これから80歳を迎える戦中世代の人たちです。

60歳定年、それなりの退職金、60歳からの年金受給と制度的にも恵まれました。

 

この世代のサラリーマンや公務員の定年後は、

〇現役時代に行けなかった妻との旅行や新たな趣味にチャレンジしよう。

〇退職金で自宅のローンを完済し、子供や孫に資産を残す段取りをしよう。

 

男性が一家の大黒柱となり、定年まで勤め上げ、穏やかな20年近くの隠居生活を楽しむというのが、常識的な姿でした。

 

その後に続くのが、これから70歳を迎える団塊世代です。最後の逃げきり世代とも言われるように、まだ上記のような常識が生きていました。それに戦後生まれです。

 

定年後は子供に家を譲り、買い取った近郊の田舎の古民家をリフォームして移り住んで、休耕地を借りて野菜作りを始めるといったセカンドライフも可能でした。

 

でも団塊世代は、セカンドライフの期間がこれほど長くなるとは考えませんでした。経済的に余裕があっても、安らぐ居場所もなく、時間を持て余し、生きる意義を見失って、MCI(軽度認知障害)やロコモ(準寝たきり状態)になる人が増えています。

 

寿命はますます伸びています。現在の50代は、60歳で定年を迎えても、30年以上の人生が待ち受けています。それに連れて、年金受給も70歳そして75歳へと引き上げられることが見込まれます。

 

定年後の常識が本格的に変わるのはこれからです。これまでの常識や上の世代にならって、退職後の人生設計、老後の資金計画を考えていたらとんでもない事態を招きかねません。

 

そうならないためには、50歳になったら自分を見つめ直し、人生を生き抜く三種の神器「健康力・交流力・経済力」をどれだけ持っているか検証することが不可欠です。 

  

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必須3Kのうち、今回は「交流力」を考えます。

 

定年になって失うものは色々ありますが、定年退職者の多くが「人間関係と情報が激減して愕然とした」と言います。役員出身者であっても「今まで培ってきた人脈が跡形もなく消えた」と言います。

 

そこで50歳になったら、知り合いの中から、友人を見出しておくことをお勧めします。言いたいことを言い合えるし優先的に時間を作ってくれる、何かあった時に心底応援してくれるのが友人です。

これから、そんな友人と関係を深めることで、人生シナリオが描けたり、また思わぬような展開が開けることだってあります。

 

そして最も重要なのが、パートナーとの関係を見つめることです。

下の図をご覧ください。収入がなくなったり、激減すると、パートナーとの溝が表面化するケースが多くあります。

 

 

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照れくさいかもしれませんが、一度じっくり腹を割って話し合って、人生観や価値観、お互いの相性を検証してみます。必ずしも同じ価値観を持つ必要はありませんが、ある程度の割合で共通面がないと、人生のパートナーとしてこれからの長い道のりを共に歩むことはできません。

 

右側のケースのように、重なり合う面と重ならない面を適度に持って、お互いに気分良く生活していくことが何より大切です。

 

自分と向き合う、パートナーと向き合うことは何だか怖い気もしますが、向き合ってみて初めて、これまで知らなかったことや胸の内が見えてきます。そして人生シナリオの構想が浮かんだり、パートナーとの新しい関係の第一歩が踏み出せます。

 

50歳になったら是非、実行してみてください。

次回は「経済力」についてです。

■閑話休題

 

私は、45歳からの後半人生を楽しむことの素晴らしさ伝えたいと思い、このブログを書いています。

 

思えば子供の頃から、何故か「人生は60歳からが本番だ」と思っていました。だから今は、後半人生はじめの15年間を過ごし、本番真っ盛りです。そして仕事を楽しみながら日々過ごしています。

 

私にとって、後半の人生を楽しむということは、悠々自適に生活するということとイコールではありません。

 

自分の納得する人生を一日一日歩んでいきたいということです。それが楽しいと思うのです。

 

一番伝えたいことは、「人生には後半がある」ことを意識してほしいということです。後半人生は、前半人生に比べて引けを取りません。というよりも、まるで違う存在です。人生を二度楽しめます。そして最後まで人生を満喫することが、人としての役割だと思うのです。

 

去年知り合った組織の人達は、そんな私でも凄いなと思います。皆さん、75歳を過ぎてもバリバリの現役です。一番若い人で60代後半です。そして日々、組織の課題に取組み、悩んだり、怒ったり、笑ったりしています。

 

何よりも素敵なのは、ご本人たちが自分の年齢に囚われず、仕事に日々取組んでいることです。一生懸命さが年齢などという物差しを忘れさせているのです。

 

私もそんな現役人生を送りたいと思うのです。

 

 

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