■平成から「次の時代」を見る(1)

2月28日付のブログ「平成は準備期間だった?!」でも書きましたが、平成元年(1989年)の世界の時価総額トップ10のうち、じつに日本企業が7社占めていました。ちなみに、トヨタ自動車は世界11位でした。

 

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わが日本は戦後の焼け跡からスタートして、経済復興へ一直線。朝鮮戦争の特需もあり、「東洋の奇跡」と呼ばれた高度成長を実現し、1968年西ドイツを抜いて世界第2位の経済大国に。

その後、オイルショックを乗り越えて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称賛されるようになり、陰りの見えた第1位のアメリカを助けた1985年プラザ合意後の急激な円高も乗り越えて、日本は債権大国となり、見事に世界のトップに上り詰めました。

 

別の側面から見れば、東京オリンピックが開催された1964年の日本人全体の平均年齢は29歳と若く(現在は48歳)、全人口は1966年には1億人突破。そして国民の所得もぐんぐん伸び、1989年(平成元年)当時、消費意欲旺盛な30代・40代の中流層が大勢いて、日本の国内市場は世界的にも大きかったのです。

 

国内第1位イコール世界第1位のNTT(旧日本電信電話公社)は、このような日本の国内市場を当時独占していた会社です。第2位の日本興業銀行は、民間唯一の長期事業金融機関として戦後再発足した国策的な銀行です。

 

そもそも銀行は、資金需要旺盛な産業界においては “女王蜂” のような存在。その “働き蜂” が商社でした。第3位の住友銀行、第4位の富士銀行、第5位の第一勧業銀行、第7位の三菱銀行は、それぞれ系列に住友商事、丸紅、伊藤忠、三菱商事を抱え、商社を通じて、国内でも世界でも稼いでいたのです。

 

ところが30年後の平成30年(2018年)、世界トップ10に君臨していた日本企業7社のうち、現存するのはNTTと東京電力の2社だけ。残り5社の銀行はすべて存在していません。合併や再編により名前が変わり、当時ではまるで考えられなかった姿となっています。

 

そして、トヨタ自動車が国内第1位へと躍進しましたが、世界の順位は35位です。

 

平成30年の世界のトップ10は、アメリカ企業8社と中国企業2社。冷戦の終結、IT革命とグローバル化という地球規模の変化に乗り、グーグル(G)・アップル(A)・フェイスブック(F)・アマゾン(A)のGAFAと呼ばれる巨大IT企業が世界を席巻しています。その事業内容は、平成元年当時の日本では考えられなかったものばかりです。

 

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この30年で日本は、急転直下、世界のひのき舞台から転落してしまいました。なぜ、このような事態になったのでしょうか?

 

ここで立ち止まって、平成の30年を検証すれば、「何が問題だったのか。何が不足していたのか」が分かり、平成の次の「新たな時代」への指標が見えてくるはずです。

 

私たち個々人にとっても、これからの働き方・生き方の羅針盤となると思います。

 

ーー次回(2)へーー