ブログをリニューアルします。

今までは脳梗塞を発症して見えてきたことを中心に書きました。これからは60歳という人生の節目を過ぎた今だから、30余年過ごしてきた「人材育成業界」で日々感じたこと、見えたこと、思ったことを中心に書きます。

講師ってなんなのか?研修ってなんなのか?組織ってどうなのか?様々な切り口で振り返ります。その時間が次の私の扉を開けることに繋がると思っています。

高く、広く、深く人生を創っていきたいと思います。

ちょっぴり楽しみに読んでもらえたら嬉しいです。そして皆さんのなんらかの参考になれば嬉しい限りです。

 

人には無限の可能性がある――これは私の信念です。でも、それ故のジレンマもあります。出来ないことがあると、可能性はあるはずなのに、「何故出来ない?」「それ以上に何故努力しない?」と哀しくなってしまいます。不完全だと落ち込んでしまいます。これは自分の事ですが・・・。

 

でも考えてみると、自分に対しても、他者に対しても、完全を求めるのはいいことではありません。人にはそれぞれ “出来ること” と “出来ないこと” があって、それは自分でもどうしようもないし、ましてや他者にとやかく言われても如何ともしようがありません。

 

私たちはどうして、「かくあるべきだ」を盲信するのでしょうか? 上司に対しても、パートナーに対しても、恩師に対しても、政治家に対しても。今だとサッカー日本代表選手に対しても。何故完全を求めるのでしょうか?

 

「こうありたい」「こうあって欲しい」は、あくまでも自分の満足感のためで、自分も含む相手に対しての期待ではないのです。

 

完全を求め過ぎると、世界が狭くなり、息苦しくなると思うのです。腹八分目、過ぎたるは及ばざるが如しという言葉が示すように、程ほどとか、少し足りないぐらいが丁度いいのではと思うのです。

 

私は身体が不自由になってからのほうが、以前よりも大らかになり、少し優しくなり、かえって物事の判断が早くなったような気がします。完全が求められなくなったからだと思うのです。

 

完全を求めて生きるのは、無限の可能性もブロックすると思う今日この頃です。

 

 

同じ事柄や事実を説明していても、Aさんの話は受け入れられるが、Bさんの話は不快になる、そこまでいかなくても「受け入れがたい」ということがあります。

 

これはどうして起こるのでしょうか?

 

周囲が、受け入れにくいと思う人は、周囲の人と関わるあらゆる場面で、「相手に飲まれてはいけない」「下に見られたらいけない」「馬鹿にされないようにしよう」「舐められてはいけない」と思っているのでしょうか?

 

だから他者に対して、攻撃的な物言いをしてしまうのでしょうか? もしくは攻撃的でなくても、人が受け入れがたい話し方のニュアンスを出してしまうのでしょうか?

 

相手に対して、負けたくない、関わりの全ては勝ち負けだと思っているとしても、直接関係のない事柄や事実を伝えるだけでも、どうして拒絶されたりするのでしょうか?

 

感じ悪いからの一言で、済ませられない「何か」がそこにはあると思うのです。攻撃的になるのは、自分自身を世間が受け入れていないという不満と不安があるのではないでしょうか。

 

不満や不安があるから攻撃的になり、相手を制して自分を認めさせたいと思うのかもしれません。

 

でもです。不満や不安があるのであれば、自分を正直に打ち出すことが大事だと思うのです。北風と太陽です。攻撃的なニュアンスには誰もが違和感を覚えます。私の拙い経験ですと、攻撃的なニュアンスの人は多くが優秀です。

 

それを話し方のニュアンスだけで、周囲に優秀さを理解されないのはもったいないと思うのです。

社会は人が人と関わって成果を出します。様々な人と関わることで、多くの知恵も身に付けられます。それを減らすのは、あまりにももったいないと思うのです。如何でしょうか?

 

 

管理職になると、率先垂範するだけではなく、部下を動かして仕事しなくてはならなくなります。自分一人が頑張れば何とかなるという世界からのレベルアップです。

 

けれどもこれが、中々難しいのです。世代ギャップや価値観の相違を解消出来るだけの、コミュニケーション力や想像力、度量の広さも必要ですし、今までの自分の行動も見直さなくてはなりません。

 

これだけでも大変なのに、一番手こずるのは、「部下に好かれたい」「良い上司だと思われたい」という自身の気持ちです。

 

まず部下との関係を良好にしなければと、やたら部下に関わります。部下の日常や性格を知ろうとします。悩んでいること、困っていることに興味を持ちたがるのです。

 

でも考えてみて下さい。自分が部下だった時に、上司からやたら関心を持たれて嬉しかったですか?「話し相手を務めなくちゃ・・・」という鬱陶しさが、多少なりともありませんでしたか?

 

それに管理職にはなりましたが、一番得意なものは何だったでしょうか? 得意なのは与えられた仕事を一生懸命することではなかったですか?

 

それならば、自分の得意なモノを活かす。それに徹しれば良いと思うのです。コミュニケーションが下手でも、想像力や度量の広さが足りなくても、部下に対しても報連相をキチンとする上司になれば良いのです。

 

そうやっていくうちに仕事の先輩として、時には “目からウロコ” のアドバイスの一つも出来るようになるはずです。

 

自分の仕事を全うし、部下の「仕事」にも関心を持つ。これだけで立派な管理職です。好かれたい、慕われたいからステップアップすることが、管理職たる者の姿だと思うのです。

 

部下を持つと人は、自分の軸がズレるようです。でも優秀だから管理職になったのです。そこに自信を持ち、軸をブラさない管理職でいて下さい。

 

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